7月30日、「ヒバクシャ国際署名をすすめる愛知県民の会」の設立の集いが、イーブルなごやで開かれ、120人が参加しました。


広島で6歳の時に被爆した恩田明彦さん(愛友会理事長)は「私たち被爆者が自ら提起した署名。平均年齢80歳を超え
た。核廃絶は県内在住の被爆者2000人のみんなの願い。必ず成功させたい」。


広島で被爆した沢田昭二さんは「愛知県で会を結成し、署名推進をはかることは、日本政府に批准を迫る大きな力になる」と話しました。
設立の集いには、恩田氏、沢田氏以外にも、次の呼びかけ人の方が参加され、それぞれ挨拶をされました。


黒田武儀さん(被爆者)
竹内宏一さん(元原水禁愛知事務局長)
松田正久さん(愛知教育大学名誉教授・前学長)
稲福繁さん(愛知淑徳大学教授、元愛知医科大学学長)
花井増實さん(弁護士、元愛知県弁護士会会長)
(参加された呼びかけ人の皆さん)


「ヒバクシャ国際署名」推進連絡会の林田光弘キャンペーンリーダーが「『核兵器禁止条約』を軸に核兵器廃絶を」と題して基調報告、全国の地域連絡会結成の動きを紹介し、「国・宗教・イデオロギー・世代を超えた署名」で、「ヒバクシャの願いであると同時に全ての人々の願いだ」と強調されました。
林田さんは、広範な市民に署名を広げるため、気をつけている点、個人の尊厳を大切に活動をすすめていることなども強調されました。

国連会議に参加した横江英樹・県原水協事務局長が核兵器禁止条約をめぐる論議や条約の内容の報告がありました。

愛知県民の会 設立アピール

1945年8月6日と9日、米軍が投下した2発の原子爆弾は、一瞬に広島、長崎を破滅させ、数十万の人々を無差別に殺傷しました。そして生き延びた人も次から次へと倒れ、70年以上すぎた今でも後遺症に苛まれています。
子や孫の健康に不安を抱きながら生き抜いてきた被爆者が「後世の人びとが生き地獄を体験しないように、生きている間に、何としても核兵器のない世界を実現したい。」と、2016年4月、平均年齢80歳を超えたヒロシマ・ナガサキの被爆者が国際署名をはじめました。国連総会に2020年まで、毎年届けたいと呼びかけました。

 

このような被爆者の呼びかけが力となって、長年の懸案だった核兵器禁止の法的枠組みについての国連会議が成功し、核兵器禁止条約が成立しました。
唯一の戦争被爆国である日本の政府が、この国連会議で核兵器禁止条約に反対したことは、同じ国の民として大きな失望を禁じえません。国連会議に参加した被爆者が述べたように「心が裂ける思い」です。
日本政府の態度を変えさせるためにも、国民への働きかけが重要です。
そして、すべての国連加盟国が条約を批准し、国際条約として正式に発効できることを強く望みます。

 

本日、私たちは、平和を愛し核兵器の廃絶を願う団体・個人のみなさんと協同して、署名推進をはかる「愛知県民の会」を、ここに設立します。
「愛知県民の会」は、自由に団体・個人が集まって、愛知県に暮らす人々の「核兵器をなくそう」「誰も、二度と被爆者にさせてはならない」という声を束ねて、国連に届けるために力を合わせます。一筆の署名を積み上げることで、何億という世界の世論をつくり、国際政治を動かす力となります。

全国の仲間と、世界中の仲間が手を取り合って、核兵器のない世界を実現しましょう。

 

2017年7月30日
ヒバクシャ国際署名をすすめる愛知県民の会